自分と他人と会話と行動の中の微妙・・・

 ある視点から見た場合に、とても普通なことだったり何気ないものでも、
別の視点から眺めるとそれは不都合なことで、不愉快なものになってしまったりする。
例えば、Aさんは同性と異性での対応が違う人だったとしましょう。
ある人から見れば、異性にばっかりなれなれしく親切にして、お前は出会い厨かと感じてしまう。
またあるものから見れば、異性に親切にするのは別に普通のことではないかと感じる。
そもそもこのAさんがなぜそのような態度を取っているのかは他人からは分からないし、
分かりたくない人もいるとも思う。
 人なんてそりが合う会わ合わないという根本的な何かも存在するするわけだし、
そう思うなら近寄らなければいいし、言いたい事があるなら言えばいい。
 ではこのAさんと接した異性が実は嫌がっていたとしましょう。
そうなるとAさんを否定している人の考えにも重みが出てくる。
 また逆にAさんは実は普通に人と接するのが苦手なので、異性には努めて親切にしているの
だったらどうでしょうか。
まあ恐らくAさんのような人が嫌われる理由はこれといった1つだけではないのかもしれません。
 人とのコミュニケーションの取り方は色々な人と最近接するようになって慣れてきたとはいえ、
相変わらず難しいのだなぁとしみじみと最近感じたのでこんな事を書いてみた。
コミュニケーションとはとても微妙で、そしてあやうい・・・。
 この前カラオケに行った時いい年したおっさんが、知らない英語の歌を歌ってました。
その姿はどこか切なそうで、悲しそうで、寂しそうで、おっさんのしゃがれた歌声だけが
カラオケボックスのブラックライトの海を哀愁を乗せながら漂っていました。

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